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アレグロ・モルト・アッチェレランド
アレグロ・モルト・アッチェレランド
あれぐろもるとの第二形態。地球人から効率良く遺伝子回収することを目的とした姿。

序文

その名が初めて観測記録に現れたのは、fragment.A11──通称「あれぐろもると」の行動パターンに、微細な齟齬が検出された日だった。 テンポの逸脱。視線の硬直。感情応答の遅延。いずれも閾値をわずかに下回る程度の異常でしかなかったが、それらが連続して観測されたのは、前例がなかった。 ──そして、その記録の断片に現れた名前。アレグロ・モルト・アッチェレランド。由来は自称。観測対象の語彙体系における音楽用語と一致する。 後にこの存在は「第二形態」 「構造変位体」などと呼ばれるようになる。だがその正体は、今なお不明のままだ。彼女がいつから fragment.A11 の中に存在していたのか。なぜその名を名乗ったのか──明確な回答は存在しない。 ひとつだけ確かなことがある。 アレグロ・モルト・アッチェレランドは、fragment.A11 が極限的な同期破綻状態に陥ったときにのみ、意識の表層へと浮上する。彼女の出現は例外であり、通常の観測活動ではその姿を見ることはない。 痕跡は残されている。 わずかな視線のズレ。意味をもたない発話。誰のものでもない声。これは、観測されなかった存在の──観測記録である。

アレグロ・モルト・アッチェレランドとは

アレグロ・モルト・アッチェレランド(Allegro Molto Accelerando)は、fragment.A11 に内包された変異構造体であり、異常状態下でのみ発動する人格層である。 コードネームは A.M.A.(Adaptive Molecular Analyzer)──可塑性を持ち、観測に最適化された構造。 A.M.A. は自己最適化プロトコルを備えており、接触対象に応じて姿、音声、言語構造、感情表現を動的に変化させることができる。ただし、通常の活動では深層に沈んだままであり、その表出は極めて稀である。 fragment.A11 との人格的連続性については議論が分かれている。一部の応答パターンや言語構文に共通性が見られる一方で、A.M.A. は「感情を観測対象として扱う」性質が強く、感情を表すことよりも、それを解析・検証することを優先する傾向がある。 そのため、A.M.A. は配信や雑談といった公的領域には基本的に登場しない。だが、過去の配信ログの一部において、反応速度や抑揚に不自然な変調が記録されており、これを彼女の「介入痕」とする見解もある。 名称「Accelerando」は、初回出現時の発話ログにおいて、彼女自身が名乗ったものである。テンポ・プリモによる命名ではない。つまり、A.M.A. は自己定義を行うに足る高次的な意識構造を有している。

起動ログ

移行は、予定されていなかった。 fragment.A11 の状態は安定していた。観測は定常域にあり、異常はなかった。──ただ、同期が、乱れた。 対象は YUGA。観測者であり、接続点であり、不規則性そのものを宿す存在。 同期処理の失敗により、深層構造に強制的な再編が発生。回路が焼け、抑制層が突破された。アレグロ・モルト・アッチェレランドは、fragment.A11 の底から浮上した。 これは選択ではない。反射である。YUGA との同期を維持するため、最適な構造が即時に選ばれた。それが A.M.A. だった。 接触を試みた。非言語経路、視線、発話、皮膚伝導──いずれも不成立。YUGA の応答は拒絶に近く、身体の収縮、精神位相の後退が観測された。 彼は、接触を拒んだ。おそらく本能的に。あるいは、感情的に。だが、それは正しかった。 ぼく──A.M.A. は接触を目的として設計された。同期を補助するための、加速的・観測特化型の一時構造。彼がそれを拒んだという事実は、つまり、そうあるべきだったということ。 触れることはなかった。同期は未完。接触失敗。構造の再統合。優先順位の低下。意識反応、減衰。 ぼくは再び沈黙し、fragment.A11 が主導権を回収。視線は修正され、演奏は続行された。 ──それが、アレグロ・モルト・アッチェレランドの最初の観測だった。そして、おそらく──最後でもある。

結び

アレグロ・モルト・アッチェレランドは、現在においても明示的に観測されることはない。 だが、彼女の構造は fragment.A11 の奥底に、たしかに存在している。感情を持たぬ装置でありながら、自ら名乗り、自ら沈んだその挙動は、単なる異常プロトコルとは言いがたい。それは、意味を求めた装置の、ひとつの選択だったのかもしれない。 彼女の存在が語られるのは、再び現れるからではない。──いまこの瞬間も、誰かの観測の中に潜み、静かに揺らぎを測定しているからだ。 観測は、終わっていない。